| 体験者の声
■沢崎玲子さん 20歳 学生(東京・文京区) 私の眼鏡使用は高校一年生からでした。近視になったのは中学生後半からでしたが、どうしても眼鏡をかけることがいやで、授業時間中は目を細めて黒板を見たり、教科書に目を近づけて読むなど随分と無理をしておりました。 高校に進学してから、しょうがなくて眼鏡を装用しましたが、それでも学校休日など、勉強以外の日常生活ではなるべく眼鏡を外しておりました。 実は私は、どんな形の眼鏡でも似合わず、装用するととてもダサーイ顔になるからです。大学に進学してからは眼鏡の使用をやめて、コンタクトレンズに切り替えました。いやでいやでしょうがなかった眼鏡からこれで開放されましたが、でも、コンタクトレンズの使用にもやはり問題がありました。 ひとつは面倒くさかったことです。例えば毎晩、寝るときに外さなければならなかったし、とくに、テレビを観ながら気持ち良くうたた寝し、そのまま朝まで寝たいと思っても、ベットから必ず起き出してコンタクトを外さなければいけません。 もう一つの問題は費用でした。私はソフトコンタクトレンズを使用してましたが、毎月、約4千円ほどかかります。年間にして約5万円。親の仕送りで生活する学生の身分で、年間5万円の負担は大きく、これが悩みのタネでした。もし、コンタクトに5万円も投じなかったら、一回分の国内旅行費用が算出できるからです。 それにコンタクトは、目が傷つきやすいということも不安でした。昨年(2001年)春、学生食堂で昼食を食べていたとき、テーブルの上に誰かが忘れていったファッション雑誌がありました。引き寄せてペラペラとめくりますと、レーシックという大きな見出しが目に飛び込んできました。 その記事を読んで、レーザーによる近視矯正の手術があることを初めて知ったんです。レーザー手術で、近眼が治るなんて本当かしらと、疑いを持ちながらも、もしコンタクトから開放されるならと強い関心を抱いたのです。親しい友人にこのレーシックの話をすると、何とその友人の友達がすでにレーシック手術を受けたというではありませんか。 私は友人からレーシックの手術を受けたというその友達を紹介していただき、レーシックに関する話をいろいろ聞きました。それで私もレーシック手術を受ける決心をしたのです。 問題は50万円強という高額な手術費用でした。学生の身でどうしたら捻出できるか考えましたけど、やはり、最後の頼りは父親です。昨年、大学が夏休みに入ってすぐに帰郷し、父親に直談判。家庭教師のアルバイト代で少しずつ返済するからなどと、しおらしいことを言って、父親から50万円を引き出すことに(笑い)成功したんです。 すぐ東京に戻りまして、あらかじめ見当をつけていたレーシックの手術で知られる眼科医を訪ねました。近視状況の診察を受け、さらにレーシック手術のための適性検査を受けたところ、「問題なし」ということで、手術日が指定されました。そのとき、眼科医に言われたことは、手術日まで、コンタクトレンズを使用しないこと、ということでした。それで、高校時代に使用していた眼鏡を持ち出して使用し、怖くて不安な気持ちを押さえながら手術の当日を迎えました。 ところがあっという間に手術が終わり、怖さも不安も、自分の考えすぎであることが分かりました。むしろ、こんな簡単な手術で本当にいいの、という感じでしたね。それに感動したのはやはり手術の翌日でした。朝起きて、目が曇っている感じというか、少し違和感がありましたけど、目を少しづつ開けて周囲を見渡してみたんです。緊張の一瞬でした。いつもなら、ベットから起き出すと、洗面所に行ってコンタクトを装用するのが長年の習慣になっていました。 しかし、この朝は違っていました。ベットに寝たまま、裸眼で壁にかけてあるカレンダーの文字が読めたんです。もうビックリして、「え、ええ!」という感じでしたね。
視力が回復し、少女時代に戻ったような感覚 ■下山和江さん
23歳 OL(埼玉県所沢市) 私が都内の医院でレーシックの手術を受けたのは2001年の春ですから、手術を受けてからほぼ一年を迎えることになります。私の場合、両親も近視で、もし近視が遺伝するというのなら、私も近視になるかもしれないと思っていました。 やっぱりというか、中学生高学年になって近視状態になり、中学三年生からほぼ高校、短大、OL時代の合計七年間にわたって眼鏡を使用しました。短大、OL時代に知り合った私の友人の中に、何人かの近視者がおりましたが、ほとんどの人がコンタクトを使用しておりました。眼鏡使用者は、おそらく私一人ぐらいではなかったでしょうか。 実は私もコンタクトにしたかったのですが、私はアレルギー体質で、コンタクトの長時間装用は無理だったのです。それでも、彼とデートをするときは眼鏡を外し、コンタクトを使用していました。だから私の近視矯正は眼鏡とコンタクトの併用ということになります。でも社会人になって、会社勤めを始めますとそうもいきません。 わたしは経理部で働いているのですが、長時間、パソコンに向かい、小さい文字の数字と格闘するものですから、どうしても眼鏡使用ということになります。 眼鏡使用ですと、せっかく朝早く起きて、丹念に化粧をしてきても、顔がフレームに隠れてしまいだいなしです。顔には自信がありましたから(笑い)。そんなある日、忘れもしません、彼がレストランで私の誕生日を祝ってくれた帰途、タクシーの中で、何げなく備え付けのパンフレットを手にしました。それがレーシック手術の宣伝パンフだったのです。 こんな目の手術もあるんだと思う一方で、すごく関心を寄せられたのです。でも性格が慎重派の私は、翌日、書店に行って、レーシックに関する本を購入し、しっかりと読んでみました。 本を読んだ限りでは、安心できる手術と思いましたが、その本に書かれてている一行が気になりました。手術をするときは、信頼のできる医院を選択し、ベテランの医師にお願いをすること、と書いてあったからです。 パソコンや本で医院に関する情報を集め、ある医院を選択いたしました。これが大当たりでした。 まず、私を担当してくれた医師は、アレルギー体質のためにコンタクトが合わないという話を親身になって聞いてくれました。さらに、その後の適性検査にしても実に慎重で、丁寧でした。 この先生なら信用ができると思い、安心してレーシック手術を任せることにしたのです。 手術は、術前に先生が何度も話していた通り、痛みも感じることなく、すぐに終わってしまいました。 問題は術後の定期的な検査でした。手術の翌日、三日後、一週間、一カ月、三カ月、半年、一年という間隔で、検査日を指定されましたが、私はOLです。しかも業務が多忙で、平日に会社を休むことはそう簡単ではありません。 それでも先生から「術後の検査は大事ですよ」と言われていたものですから、なんとか会社にお願いし、検査日には半日の休暇を貰い、一年間の検査を欠かさずに受けました。 視力は術前、裸眼で両眼とも0.1だったのが手術後、0.9から1.0まで回復し、やがて一年を迎えます。 先生から指定されていた最後の検診日、「もう視力は安定しています。大丈夫ですよ」 と言われたときは、本当に嬉しかったですね。コンタクトや洗浄剤などは捨てましたが、ただし、一年前まで使用していた眼鏡は記念に保存しています。 私の預金通帳から、レーシックの手術代として約50万円が消えましたが、でも、レーシック手術を選択したことに満足をしています。なんか、むかしの少女時代に戻ったような感覚で、世界が広がったような気がしています。
彼女に言われて手術、世界が広くなった ■綿貫芳和さん
26歳 サラリーマン(千葉県柏市) 私がレーシック手術を受ける直接の動機になったのは、少し恥ずかしい話ですが、新しい彼女ができたことからでした。彼女と付き合い始めて、性格は申し分ないし、私の両親にも受けがいい。あと一年ぐらい付き合って、結婚をしてもいいと思っているほどの彼女です。 その彼女と昨年(2001年)の夏、伊豆方面の海に遊びに行ったとき、泳ぎながら、「メガネを外した方が素敵」 と、言われたんですよ。 私は高校一年あたりから眼鏡使用者になり、この年まで10年近く眼鏡を装用してきました。でも、彼女がそう言うなら、眼鏡からコンタクトに変えてみようかと思ったんです。 実際、コンタクト使用の友人も私の周囲におりましたからね。ある日、行き着けの居酒屋で会社の同僚たちと飲んでいるとき、飲んでいる三人とも全員が眼鏡使用でした。 そこで近眼の話が話題になったのですが、私が、コンタクトに変えようかなと言うと、同席の一人が、 「この間、テレビでやっていたけど、レーザー手術で近視が治るっていう話だよ」と、切り出したのです。レーザーによる目の手術?。そんな手術があることを、同僚の話で初めて知りました。 早速、パソコンで情報を集めてみますと、どうもそれがアメリカで開発されたレーシックという手術らしい。しかも、手術時間はわずか20分程度で、痛みもないらしいということ。そんな手術で本当に近眼が治るのかと半信半疑でした。 彼女に相談をしてみると、レーシック手術については彼女も知っており、しかも、親しい知人が受けていると話してくれ、わざわざ私にその知人を紹介してくれたのです。 彼女の知人の話では、手術をした直後から裸眼でも、眼鏡を使用しているのと同じくらい見えるようになると、つまり、少年時代の視力にまで回復するというわけです。 正直、信じられませんでしたね。それで、まあ、手術を決断するまで半年ほどかかってしまいましたが、昨年の11月に手術を受けたんです。 手術の時間は、担当の医師が言ってたように確かに信じられないほどの短時間で終わりました。 手術中、器械で目を大きく開けられて、これは少し違和感を覚えましたが、レーザーで角膜に当てるときは何も感じませんでしたね。実際、手術は想像をしていたよりも、はるかに楽でした。ただ、手術を受けながら私は、彼女の知人が話していた、手術直後にもう近視が治り、目は少年時代に戻る」 と、いう話ばかりを頭に浮かべておりましたよ。 手術室から出て、しばらく両目がチカチカしてましたが、でも眼鏡をかけなくても、前を歩く看護婦さんの顔がはっきり見えたんです。これはいいぞと思った瞬間、なんか、目の前に霧がかかっているような感じも受けたんです。もしかしたら手術が失敗したのではないかと不安感が走りましたよ。それで、医師に尋ねますと、「心配には及びません。霧がかかっているように感じるのは一時的な現象で、次第に晴れてきます」と、言われました。 翌日、朝起きると、枕元においてある眼鏡をかけることもなく、目覚まし時計の針を見ることができました。少し不安だったあの目の前の霧状態もなくなっておりましたね。 この間、自動車免許の更新に行ってきましたが、裸眼で難無く視力検査をパスしましたよ。 眼鏡を外しますと、世の中が広くなったような気がいたします。彼女が一番喜んでくれました。
ド近眼であったが、両眼0.8に回復 ■藤巻吉恵さん
23歳 OL(神奈川県横浜市) 私が近視になったのは、中学生になって間もない頃でした。 最初は眼鏡のレンズも薄いものでしたが、近視がしだいに進むにしたがってレンズの厚さが増し、高校生の頃には、本当に牛乳瓶の底のような分厚いレンズになっておりました。メガネの重さで鼻の両脇に痕ができてしまったほどです。 それよりもショックだったのは、クラスの友人たちから、眼鏡を装用した私の顔がカエルに似ているのか、カエルというニックネームをつけられたことです。 思春期の真ん中にいる少女が、カエルなどというあだ名で呼ばれることは、決して、愉快なことではありません。なるべく気にかけないようにしていましたが、私にカエルというあだ名を与えた、分厚い眼鏡を恨みました。やがて社会人になって、さすがにあだ名からは開放されましたが、分厚いレンズは相変わらずでした。 それでも、成人式を迎えたころから、コンタクトレンズも併用して近視矯正を行なっていました。しかし、このコンタクトレンズもあまり好きにはなれなかったんです。 実はこの通り、少し肥満気味ですから、ダイエットを目的にして、週に二回ほど自宅近くの水泳教室に通い始めました。そのとき、コンタクトを外さなければなりません。 そうすると、重度の近視なものですから、プールの中で方向が分からなくなってしまい、何度も泳いでいる他人とぶつかったりしました。もうひとつ、私にボーイフレンドができないのは、このド近眼のせいじゃないかと思うようになり、密かに、近視が三日で治るといった器械を購入して試したこともあったんです。(笑い) そんな中で、レーザー手術による近視矯正手術の存在を知りました。確か、同じ会社の友人に聞いたのだと思います。 早速、関係図書を何冊か読んで、レーシック手術についてある程度の知識を得ましたが、手術に関してもっと詳しく知りたいと思いました。 それで思い切って、レーシック手術を行なっている医院に電話をかけ、医師に面会を求めたんです。 最初は軽い気持ちで、レーシックとはどのような手術なのか聞くだけで帰ろうとしましたが、担当の先生があまりにも親切に説明をしてくれたものですから、私も調子に乗って、疑問に思っているすべてを質問いたしました。 「手術は痛くないのか」「手術に失敗し、失明することはないのか」「本当に視力は回復するのか」「回復するとしたら、どこまで視力が戻るのか」「レーザーで角膜を削るというけど、目に傷などつけて後遺症はないのか」等、です。 先生もうるさい患者だと思ったでしょうけど、ひとつひとつ、納得のいくまで説明をしてくれました。 それでその先生を信頼し、安心をして手術を受けたのです。手術から半年が経過しましたが、先生が約束してくれた通り、私の場合、両眼とも裸眼で0.8まで回復しています。もう、眼鏡やコンタクトも必要ありません。 裸眼で本を読み、風景や映画を観て、水泳ができるということは、ダイエットでやせることよりも魅力的ですね。なにか、子供の時代に戻った感じがします。先日、高校時代の友達と会ったのですが、開口一番「メガネどうしたの!」と、驚いておりました。
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